天上の海・掌中の星

       “春の日永(ひなが)の”
 


 長い目で見て平均値を取れば、この冬は“暖冬”だったらしいのだけれど。例えば東北や北陸の方では、青森でも新潟でも史上歴代記録に間違いなく入るほどの豪雪だったらしいし、
「寒い日はとことん寒かったもんな。」
 今日は何とか陽があるから暖かい1日になりそうな、そんな庭先を眺めつつ、今時の高校生にしては ちょいと小柄な坊やが“やれやれ”と言いたげな声でぽつりと呟いた。ずっと寒い日が続いていたならそうでもなかったろうに、なまじ暖かい日というのがその狭間に頻繁に訪れたもんだから、それが去った後の寒さが尚のこと身に染みたのだろう。一月中盤から二月にかけていきなり冷え込んだ“洒落にならないぞ受験シーズン寒波”とか、
「三月に入ってからだって、ガンガン寒い日が続いてるしサ。」
 いい思い出になったんかもホワイトデー寒波、とかでしょうか。
(苦笑) 渋谷や丸の内なんていう都心でも、日中なのに結構な雪が舞った寒さでしたもんねぇ。
「とはいえ、着実に暖かくはなってるだろうが。」
 もともと寒いのには強いのか、よほど冷え込まない限り床暖房しか使わなかった坊やであり。この冬はエアコンの電源も数えるほどしか入れなかったし…と続けて下さった、このところ妙に所帯じみて来た破邪精霊さんだったが、それへは、

  「そっちは、しょっちゅう天聖界に遊びに行ってたからってのもあるって。」
  「…そういや、そうだったな。」

 天聖界にだってそれなりの季節の変遷は勿論あるし、北の聖宮“天巌宮”の総主、ゼフ老が管理する“冬”は、地上世界に勝るとも劣らぬ極寒の中、雪や寒風の脅威に閉ざされもするのだが。それぞれの天使長が偉大な力で守りし聖宮の奥向きにまでは、そんな威力の影響も深刻なまでには及ばないとのことだったので。そんな不思議世界への行き来が出来る身になったと判ってからというもの、予定のない週末とか冬休みには、ちょくちょくお邪魔していたルフィ坊やであり、
「あんな何にもないトコが楽しいってお前も、随分と変わり者だけどな。」
 天聖界は“意志の世界”だそうで、地上世界ほど何でもかんでも文明という道具でまかなってはいない。文化・文明が発達していないのではなく、その生活の中で様々な便利グッズをあえて使う必要がないからで。意志の力が強ければ強いほど、例えば…瞬時にして遠方にまでその身を運べたり、必要なものを何処かから手元へと引き寄せたりが出来るとあっては、車や飛行機などはそうそう必要がない。あまり力がない者は、飛行能力などなかったり、次空移動するより歩いた方が早かったりするので、地上の人間と変わらない生活ぶりだったりするのだが、不思議と…動力系の発明だの道具などはやはりそんなに発達してはいない。向上心がないとか想像力がないとかいう訳でもなく、それもまた…単に必要がないってだけのこと。何故なら、
“天使長たちってのは、そこに存在しているだけで周囲へも波及するほどの力を放っているからな。”
 ははぁ。ってことはサンジさんがナミさんのことを“女神様vv”と呼んでるのって、あながち大仰じゃあないってことですかね?
“………さてな。”
 はははvv まま、それはともかく。聖宮といっても、豪奢で荘厳な建物でこそあれ、優雅ではあるがさしたる娯楽施設もない。周囲周辺にしても…長閑な原風景が広がるばかりな、平たく言うなら一昔前の田舎を思わせるような牧歌的世界だというのに。それは楽しげに草原を駆け回ったり林の中で木登りをしたり、泉の傍では水の妖精にじゃらされてはしゃいだり。放っておいても一日中駆け回って笑い転げてるご陽気な坊やであり、
「え〜? だって凄げぇ面白いトコじゃんか。」
 不思議な現象がいっぱい起こって、小さいのもたくさんいるし。
「“小さいの”?」
 覚えがない呼びようへ何を差してるんだとゾロが訊き返すと、
「小さい精霊のことだ。」
 どこか自慢げに、低い小鼻をそびやかすようにして にっぱりと笑ったルフィだ。地上世界でも時々見えたり気配を感じたり出来る存在。都心などでは、人工的なもので固められている場所だからこそ毛色が違って際立ってしまい、ルフィのような感応力が鋭敏な子には却ってくっきりと見えたりするもの。アスファルトの裂け目から顔を覗かせているタンポポとか、信号用の支柱の上にあったスズメの巣とか。そういうものへと宿ってる存在。殻を持たない、所謂“陰体”である精霊。大した力もなく、強い意志も持たず、よって他へと害を及ぼすこともなく。何かを象徴するとかいったような大層なものを背負っている訳でもない、ささやかで可愛らしいもの。そんな彼らの姿が、陽世界である地上でも見えるルフィであり、
「そういうのが沢山いて、遊ぼう遊ぼうって寄って来るんだもの。楽しいったらvv
 にっぱしと笑いながら言い切って、庭を眺めていた大窓の前から話し相手が腰掛けているソファーのところまで、ぱたた…と駆け寄って来た。
「なあなあ、こっちに居るのと向こうに居るのとって、親戚ってゆうか“繋がり”とかがある間柄なのか?」
 お膝からソファーの座面へと乗り上がり、手は先に相手の懐ろへ。頼もしくも頑丈な胸板へと手を突けば、ゾロの側でも慣れたもので。背もたれから身を浮かし、腕を伸ばして小さな肢体をまんま自分の懐ろへと迎え入れている。大人に成り切らぬ、されど骨張って来つつある撓やかな身体。一応は柔道のチャンピオンではあるけれど、彼の得意技は力に頼ったものではなく、相手のバランスや呼吸の隙を瞬時に見切っての、言ってみれば“間合い”にすべり込む巧みなものなので、ゴツゴツとした鎧のような筋骨にはならないままであるらしい。むしろ抱え込んだ側のゾロの方が、ごっつりと雄々しくも精悍な肉置き
(ししおき)をしており、ぱふんとくっついて来たやわらかい頬の感触に、我知らずのふんわりとした笑みを噛みしめながら、
「う〜ん。繋がってるって言や、繋がってるのかな。」
 天聖界と地上世界は、ある意味で表裏一体。互いに影響し合っているし、だからこそ、地上世界が負の力に侵食を受けないようにと、破邪という任務所管があって、極秘ながら厳しく監視をしているのでもあり。
「行き来は出来ないが元は同じものと思っていい…筈だ。」
 ゾロの男臭いお顔を真近から見やっていた無邪気なお顔が、断言は出来ないで語尾を誤魔化した曖昧なお返事へ…んむむ?と口許を尖らせ、続いて下唇だけ むいと突き出して見せた。
「ゾロってサ、あっちのこと、あんまり詳しくないのな。」
 自分の地元だろうによ、そんなんでこっちに代表ですって大きな顔して来ててもいいんかと。何だか妙な“言い掛かり”をつけて下さる坊ちゃんであり、
「うっさいな。お前らみたいに何年もかけて“わたしの住む町、わたしたちの東京、日本の地理&歴史”なんてなお勉強をわざわざしてねぇだけだよ。」
 いやに細かく
(笑)こちらさんまで同じレベルで言い返し、ちょいと目許を眇めつつ、坊やとお揃い、唇を突き出して見せたらば、

  「んっvv
  「………んんっ?!」

 それはそれは素早い一瞬の電光石火。日頃は愛想のない頑固そうな意志を含んで引き結ばれてるばかりの破邪殿の口唇へ、坊やが“ちうvv”と、啄
ついばむように唇を重ねる。あまりに素早く、しかも完全に意表を突かれた それだったものだったから。触れて離れた次の瞬間、うっと大きく眸を剥いたまま、咄嗟に頭だけ後方へ引いたゾロだったのへ。してやったりとご機嫌でいたものが、
「…何だよ、それ。」
 ルフィの声が1オクターブほど低くなったのも道理というもので。俺は ばい菌か? いやその、あんまり急だったから…。そうかよ、反射神経が鋭い奴は大変だよな。怒るなって、悪かった。誠意がないっ! あらあら、お兄さんたら坊やを怒らせてしまった模様。ふかふかな頬を膨らませ、腕を突っぱね、憤然としてお膝から降りようと立ち上がりかけるのを、
「まあ待てって。」
 何とか引き留めようとして、長い腕を回すと小さな肢体を懐ろの中に封じ込め、
「離せようっ。」
 にゃあにゃあと愚図って暴れようともがきかけた坊やを、自分の胸板へ“ぎゅうぅ”と押さえ込んだ破邪精霊さん。両腕でのキープだけに留まらず、大きな手を背後から回して、坊やの丸ぁるい頭を片手だけですっぽりと包み込み、ぽさぽさとまとまりの悪い髪の中へと指を埋め、
「悪かった。あっと言う間すぎて、その…なんだ。」
 ちょいと言葉を探してから、
「隙を突かれるってのは、自分がいかに腑抜けてたかを“やーいやーい”って示されるみたいなんでな。」
“やーいやーい”ってあなた…。
(苦笑) ついつい反射で間合いを空けてしまったんだと、そう言いたいらしきお兄さんへ、
「何だよ。俺が相手でも、何か構えてたいのかよ。」
 こんな風に懐ろにまで掻い込んだ相手に今更どんな警戒だと、やっぱりそう簡単には不機嫌は収まらないまま、ぷくりと膨れ、大きな瞳をそれなりに眇めている王子様。それでも…相手の指が髪を梳きつつ頭皮に直に触れているという、暖かくも直接の感触は嬉しいらしくって、
「う…と。///////
 それ以上の言い訳はないまま、ただ手だけをゆっくりと動かすゾロに、またまた“むい”と下唇を突き出していた王子様が…こちらを睨み上げてた視線を落とすと、そのままぽそりと。元居た懐ろへとお顔を埋め直す。

  “う〜〜〜〜。///////

 ゾロって狡いよな。俺の弱いとこ全部知ってるんだもん。気持ちいいトコも、大好きなもんも、魅惑的でついつい寄ってっちゃうもんも、離れられなくなっちゃう じゃらし方も。全部へきっちりツボを心得てるんだもんな。それに………。

  「む〜〜〜。///////

 ぱふんと頬をくっつけていた胸板の、堅さも温みも男臭い匂いも。やっぱり大好きな感触で。ルフィのツボを押さえた上で、そんな存在なんだもの。狡い狡いと並べながらも、うにうにと頬をそこから練り込みたいかのように擦り付けている。

  “ゾロそのものが、俺にとってはマタタビみたいなもんだしな…。”

 ………そうなんですか、マタタビなんですか。ごろごろ・にゃごにゃごvvと、上からは直接見えないのをいいことに、今はもうにんまりと笑みを浮かべもって、暖かい懐ろへじゃれついてるルフィであり。片や、
“見えないって言ってもなぁ。”
 いかにも楽しそうな、そんな懐きようから…もうご機嫌が直ってることくらいはお見通しのゾロにしてみれば。自分が気がついていることを いつ告げたもんだろかと、擽ったげな苦笑を、けれど…こちらさんも坊やに気づかれまいとして噛み締めるばかりだったりするから…。


  ……………やってなさい、ですよね、まったくもう。
(苦笑)










   heart_pi.gif おまけ heart_pi.gif


 結局は大威張りで“機嫌が直ったvv”とお顔を上げたルフィであり、ほかほかのリビングにて、お膝へ馬乗りという大甘えの態勢のまま、むにむにと居心地の良い“特等席”で和んでいたのだが、

  「そういやサ、去年の今頃、ゾロ凄げぇ美味い饅頭もらってこなかったか?」
  「? そんなことあったっけ。………あ、ああ、あれな。」

 去年の今頃と言・え・ば。ルフィが現在通っている市立V高校への入試を受けて、その発表を見に行ってた丁度同じその日に、天聖界での式典へと引っ張り出されていた破邪殿で。(『日永春宵』参照)季節の移り変わりの時期に催される春の祭典、北の天巌宮から東の天水宮のナミさんへ、こればかりはどんな存在にも支配や管理は出来ない“時間の流れ”を象徴する“風”を回す任を受け渡しする華々しい式典があって。その席の後見役、春が始まりますという“宣辞”を告げる天使長様の向背に立って、威容を示すお手伝いをやらされた折、お土産にと持ち帰ったのが特別製のお饅頭。めでたい式典だからと、聖宮にて天使長様の周囲で様々に精励している人々の他にも、周辺に住まう人々が山ほど見物にやって来るものだから。それへと振る舞われる特別なお菓子やお酒があったりし、
「あれ、また食いたいなvv
「う〜ん。今年は呼ばれなかったからなぁ。」
 何でだ? ゾロ、とうとう天聖界をクビになったんか? ひょこりと小首を傾げる愛しいお顔へ“おいおい”としょっぱそうに苦笑をして見せ、
「そうじゃねぇよ。」
 そもそもクビになるよな…雇い雇われてるっていうような間柄じゃねぇってのと訂正を入れてから、
「今年の祭典は、あのアホコックの野郎が天巌宮の側の使者役を務めてやがったんでな。」
 昨年は揃ってナミの背後にいたものが、今回は“後をよろしく”というご挨拶を運んで来た使者、つまりは“客人”として歓待を受ける側へと回るサンジさんだそうで。ただでさえ、顔を突き合わせると要らんことを言い合っては、場を騒がせないと気が済まない相性の彼らだから。それが親しいからこそのこづき合いだと判っている面々へはお茶目で済んでも、他へはそうは行かない。そんなこんなを危ぶんだ筋の方々から“話がややこしくなるから”と、参加しなくても良いという通知を頂いた。
「なんだよ、それ。俺は饅頭が食いたいぞ。」
「はいはい。」
 後で覗いて来るよ、これでもかってほど用意してるから、必ずどっかに余ってるからな。大丈夫だからと宥めるものの、あんな美味しいのがいつまでも余っているかな、今年のはサンジの出世を祝って格別に美味いかも知んないじゃんか。坊やが心配そうに眉を寄せて見せて。………こんなにも切なそうなお顔をされるのね。お饅頭へ嫉妬しないようにね、破邪精霊さん。
(笑)


   ……………で。


「サンジ、出世したのか?」
「さぁなぁ。相変わらずクソ爺には どやされまくっとるし、地上での邪霊退治や負体封印では組まされ続けとるから、あのマリモヘッドとの縁も切れとらんと思うんだが。」
 小さな直立トナカイの魔物チョッパーを肩車してやってのご訪問。雲も少なく、暖かな色合いに晴れ渡った上空に危なげなく“立っている”人影が、足の下での会話へと…何だか呆れていらっさるらしくって。
「この冬が温ったかだったってのは、あいつらに限っては、あんな風に始終いちゃこらしとったからってのも あるんじゃねぇのかね。」
「そだなvv 仲良しだもんなvv
 何の他意もなく、にっこしほこほこと笑っているチョッパーの相槌の愛らしさはともかくも、
「………。」
 唇の端に引っかけた煙草を上下させつつ…小さなお家を眼下に見下ろしたまんまでいる彼に、
「サンジ? 行かないで良いのか?」
 ルフィも言ってたお祝いのお饅頭、30個も箱に詰めて持って来たのにサ。きっと楽しみに待ってるぞ? お耳の間近から舌っ足らずなお声で囁かれ、む〜んっと斜め上のあらぬ方へと視線を逸らす、天巌宮の御曹司こと、聖封のサンジさん。
「いや何、今行くとお邪魔になるんじゃねぇのかなってな。」
「お邪魔?」
 何でだ? ルフィたち、何か内緒のお話とかしてるのか? だったら今だって聞こえてるんだから、離れないといけないんじゃないのか?と。ひたすら善良なまま、あたふたし出した可愛らしいお子様へ。すまんすまん混乱させたかと、彼を乗っけたシャープな肩をひょいとひと揺すり。せいぜいお邪魔をして差し上げよう、どうせむっつりと機嫌を悪くするのはマリモ野郎の方だけだしな、意気を上げ直してのご訪問を決めた二人であったようだけれど。



   ――― さて、此処で問題です。

     この二人の訪問者たち、
     一体どの辺りから地上の二人のやり取りを見やっていたのでしょうか?

       ヒント:『この冬が温ったかだったってのは…。』


    「そんなとっから聞いてたんか、貴様はよ。///////
    「寝室ならともかく、リビングで油断していたお前が悪い。」
    「おおおお〜〜〜っ! サンジ凄げぇっ! 真剣白刃どりっ!」
    「和道一文字って、人間は斬れないって言ってたけど。
     ………天聖界の人間はどうなんだ?」
    「陰体なら斬れるってこった。何なら試そうか?」
    「出来るもんなら、やってもらおうじゃねぇか、ごらぁ。」


 こらこら、今日の善き日に喧嘩をしない。お茶でも飲んで甘いもの食べて、落ち着きなはれ、二人ともvv



   〜なし崩しっぽく Fine〜  05.3.17.〜3.19.


   *ちょっと間が空きましたの“破邪ゾロ”です。
    去年はルフィが受験生だったんだなぁって思い出したんですが、
    春休みって…この人たち何して過ごすんだろう?
おいおい
    3連休も何も、もうとっくに試験休みだろうから、
    実質的にはもう“春休み”に入ってるようなもんでしょうしね。
    やっとのことで暖かくなって来そうなので、
    も少ししたらお花見にでも出掛けるんでしょうかしらね?

ご感想はこちらへvv**

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